中島ノブユキ『散りゆく花』6月3日リリース。もしもとあるサイレント映画にサウンドトラックがあったら。

(2015.06.03)
Photo by Takeshi Yoshimura
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ピアニスト&作曲家・中島ノブユキさんの『散りゆく花』がリリースされました。このアルバムのタイトル曲「散りゆく花」は、ミニマル音楽のような旋律に藤本一馬さんが奏でるエレキギターの音と北村聡さんによるバンドネオンの音色がふわりとかぶさり、心地いい浮遊感と今まで聴いたことのない国の音楽のようなミステリアスなエキゾチシズムが漂います。
上質な紙にマットコートを施されたすべらかな手触りのジャケットは、さながら中島ノブユキ主演の映画音楽のアルバムのようなたたずまい。裏表紙を飾るのは、ほの暗い光に照らされた可憐な花。散りゆく花のはかなさをにじませています。
中島さんご自身が立ち上げたレーベル「SOTTO」からリリースされたオリジナルアルバム『散りゆく花』の制作ストーリーについてじっくりとお話を聞きました。

「SOTTO」をつくったきっかけはなんですか?

2006年のファーストアルバム『エテパルマ』に始まり、『パッサカイユ』、『メランコリア』、『カンチェラーレ』、『クレール・オブスキュア』と素晴らしいレーベルのディレクターと満足のいくアルバムづくりをしてきました。その合間にドラマや映画、特定のコンサートのためだけに楽曲もたくさんつくりました。けれどそういう楽曲は放送や演奏されれば終わりで消えていくものなんですね。いくつかはとても気に入っていて自分のコンサートで弾いたりするのだけれど、CDとして残す手だてはなかったんです。自分のレーベルでCDをつくることでそれらを救出して記録することができたら、というのが一番のきっかけです。

NHKドラマ『神様のボート』の音楽をいくつかコンサートで聴きましたけど、とてもステキですよね。そういう曲ですか?

そう!! まさにそうなんです。ぜひそういう曲をきちんとパッケージ化して残していきたいんです。

昨年、まずは形づくりからと会社を立ち上げました。そのとき定款の「事業目的」項目に何を書くかを考え始めたら、これがとても面白い。何を書いてもいいんですよ。「古本屋業」「古物商」とか、なにか乗り物を運転したいなら「運転業務」、漁師になりたいなら「海産物取扱業」でもいい。どんなものをいくつ書いてもいい。たとえ叶う見込みがなくたって、夢見ることを言葉にして目的として書いておけばいいんです。思いつくままに書き出すといろいろな夢が広がりましたよ! その中にもちろん「音楽原盤制作」も入れました(笑)。

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漠然と頭にあるものを言葉にすることって大事なんですね。ところで実際にレーベルをスタートしていかがでしたか?

いやあ大変です。業務連絡のメールが、大げさでなく20倍です。いままでレーベルの方がしてくれていたことのありがたさがよくわかりました。一方で、デザインやジャケットの紙質、マスタリングなど細かいところまですべて自分で決められることは、ぼくのような細部にまでコミットしたい性格の人間にはとてもうれしいことですね。

「SOTTO」の大枠ができあがった昨年の秋ごろからアルバム制作を始めました。まずバンドネオンの北村聡さんのコンサートのために作曲した「エスペヒスモ」をこのアルバムの編成に即して書き直しました。そして映画『人間失格』の姉妹編ともいえるメロディがスケッチとしてあり、それを「追憶のワルツ」として完成させました。「フーガ ニ短調」そして 「その一歩を踏み出す」も既にあった曲です。このようにオリジナル8曲のうち4曲はすでにあったものを書き直し、残りの4曲は一から作曲しました。タイトル曲「散りゆく花」は新しく作曲した1曲です。

昨年末の『フクモリ』で行われた、レコーディングに先駆けてのお披露目ライブではこの曲はまだ「ペンギン」と呼ばれていましたね。

まだ録音前で正式な曲名も決まっていなかったんですが、ライブ後に予想を上回るとてもいい反応をいただいて驚いていました。実は、年末年始にかけてレコーディングをしたときも、アルバムの仮タイトルは3曲目のタイトルからとって「スプリング・ナーヴァス」だったんです。

 
  • 『散りゆく花』 Photo by Mika NAKASHO
    『散りゆく花』 Photo by Mika NAKASHO
  • 『散りゆく花』 Photo by Mika NAKASHO
    『散りゆく花』 Photo by Mika NAKASHO
『散りゆく花』は、D・W・グリフィスの映画タイトルですが、関係があるんですか?

レコーディングも終えたある日、『散りゆく花』を自宅で観ました。その後すぐに何かを思いついたというわけではないんですが、その後ずっと頭の片隅に映画の印象が残っていて、マスタリングやアルバムのビジュアルなどをつくり始める作業に入り、曲のタイトルも決定しなくては、というときに「ペンギン」のギター音がはらはらと“散りゆく花”のイメージに聴こえてきたんですね。そこでずっと仮であった曲名を「散りゆく花」にしようと決めました。と同時にアルバムタイトルも『散りゆく花』に決めたんです。

また『散りゆく花』の主人公リリアン・ギッシュがこのアルバムのイメージにとても近いのではないかと気づき、彼女の写真を探し始めました。残念ながら彼女の写真はあまりにも哀しい表情のものばかりだったので採用は見送り、最初で最後の機会だと思い自分の顔写真をジャケットにしました(照)。そして「花」ということでジャケットの裏面はSOIE:LABO(ソワ・ラボ)のシルクフラワーの写真にしました。

『散りゆく花』を観たときには、すでに音は録り終わっていたので、D・W・グリフィスの映画から直接影響を受けたアルバムというわけではないけれど、映画の世界観が自分の中に浸透して、自分の中にあった何かと繫がってアルバムタイトルになるのは、偶然のようであり決められていたことのようにも思えました。

面白いですね。もしも『散りゆく花』を観ていなかったら…。

アルバムタイトルは違っていたかもしれない。もし『東への道』を観ていたら、『東への道』になっていたかもしれない(笑)。

偶然は必然、あらかじめ決められていたのではないかということはよくありますよね。そんな運命的なアルバムのタイトルやビジュアルが決まるとつぎは何でしょうか?

『散りゆく花』はもちろん、今後SOTTOからリリースするアルバムはできるだけすべて同じ人にマスタリングしてもらうことで、「SOTTO」のレーベルのカラーとなるサウンドの質感を決めたいと思いました。そこで音源を数人のエンジニアに送りマスタリングをしてもらったんです。ロンドンのスタジオとスウェーデンのスタジオからいいものが上がってきたのですが、どちらもぴったりという感じでではなく、どうしようかなと考えていたときに、色々な偶然が重なって「キムケンスタジオ」を訪ねる機会ができたんです。話の流れでキムケンさんは2つのマスタリング音源を聴いたのですが、「ロンドンの音とスウェーデンの音を混ぜて2で割ればちょうどいいですね」とひとこと。その一瞬でつくりたい音を理解してくれていることがわかり、迷わずキムケンさんにお願いすることを決めました。

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『散りゆく花』は、『メランコリア』以来のアンサンブル録音による室内楽アルバムですね。

ここ数年、ピアノソロが2枚続いたり、大河ドラマ『八重の桜』で1年間オーケストラとの録音が続いたりしていたので、Back to Basic(原点回帰)という意味を込めて、編成も同じにして2006年のファーストアルバム『エテパルマ』と同じ編成に立ち戻ろうと思ったんです。

でも、音がまったく違いますよね。『エテパルマ』よりとても湿度が高く、しかもすごく「和」(日本)を感じます。友人たちと中島さんの音楽の個性を「中島節」と呼んでいるんですけれど、その中島節を強く感じる作品だと思いました。『メランコリア』のあとのソロの作品、そして『八重の桜』のオーケストレーションを経たことによって中島節がより際立ったのではないかなと思ったんですけれど。

まったくその通りです。実はぼくはいつも同じ作品、同じ質感のものをつくりたいと思っているんです。にも関わらず、できあがる作品は変化してくる…。今回も『エテパルマ』とまったく同じ編成にして、自分の中では原点回帰を目指したにも関わらず、まったく違うものになった。これこそが作品づくりの持つ魔力で、それが面白くもあり、ジレンマでもあり、作品をつくりつづける原動力のようなものですね。

  • Photo by Takeshi Yoshimura
    Photo by Takeshi Yoshimura
  • 田中伸二(b)、北村聡(bandoneon)、関美矢子(oboe) Photo by Takeshi Yoshimura
    田中伸二(b)、北村聡(bandoneon)、関美矢子(oboe) Photo by Takeshi Yoshimura
  • 中島ノブユキ、藤本一馬(g) Photo by Takeshi Yoshimura
    中島ノブユキ、藤本一馬(g) Photo by Takeshi Yoshimura
  • 藤本一馬(g)、田中伸二(b) Photo by Takeshi Yoshimura
    藤本一馬(g)、田中伸二(b) Photo by Takeshi Yoshimura
  • 田中伸二(b) Photo by Takeshi Yoshimura
    田中伸二(b) Photo by Takeshi Yoshimura

ぼくと同様に一緒に音楽をつくるミュージシャンも変化しているので、みんなのいまを写していると思うんです。10年前と同じように北村聡さん(バンドネオン)入ってもらっても、彼は彼の中で変化をしている。みんなが変化しながらいまの音が集まったら、原点回帰を目指したにも関わらず、まったく違う新しいところに着地したというところでしょうか。みんなの人生というと大げさですが日々の営みにようなものが詰まっていると言ってもいいかもしれないですね。

そしてさきほどの「湿度が高い」という点ですが、ふたつの大きな要因が考えられます。一つは録音エンジニアの奥田泰次さん独特のマイキングによる録音方法から来るものだと思います。もうひとつの理由はオーボエが加わったことだと思います。実はオリジナルアルバムの中にオーボエを取り入れたのは今回が初めて。オーボエが入ることでバンドネオンが旋律を弾くことから解放されて、より情感的な演奏をできているんじゃないかな、と。『エテパルマ』では各楽器が独立した演奏をしている印象で、どこかジャズ的なアプローチになっているんだけれど、『散りゆく花』ではオーボエの音色とその編曲によって各楽器の演奏が“溶け合っている”音になり、湿度の高いしっとりした感じが出たんだと思います。

今回、ようやく藤本一馬さんとの共演がかないましたね。機は熟しましたか?

たいへんお待たせしました。ぼくはセッションをしながらその場で音をつくるタイプの音楽家ではないので、藤本一馬さんと一緒に演奏するには準備が必要だったんです。一昨年にサウンドプロデュースした畠山美由紀さんの『rain falls』に参加していただいたりして、その後のツアーでもステージを共にして少しずつふたりの音の共有をしてきて来られたのだと思います。その流れもあってぜひこのアルバムに参加してもらおうと思うようになりました。

中島ノブユキ、藤本一馬(g) Photo by Takeshi Yoshimura
中島ノブユキ、藤本一馬(g) Photo by Takeshi Yoshimura

そして名曲の誕生ですね。

アルバムタイトル曲である「散りゆく花」という曲ができあがって間もなく、初お披露目ライブの前にリハーサルで音合わせをしたとき、ぼくの弾くピアノに一馬さんがエレキギターでふわりと音をかぶせてきてくれたんです。その音がとても心地よくて、録音の際にはさらにイメージを膨らませて「マリのギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレのように」とリクエストしました。けれど先日受けたインタビューでは、ニューウェイブ(70年代後半UKから始まった音楽ムーブメント)を感じると言われました。

ドゥルッティ・コラムのような?

そう、まさにドゥルッティ・コラムと!

わたしの周りもそういう反応があります。曲自体にはミニマルな印象があるからでしょうか。わたしはどこかトロピカルな印象を感じるんです…。ジョー・パスのような印象も。

聴く人によっていろいろ違って聴こえるというのはとても面白いですね。それにしてもみなさん本当にあの曲を褒めてくださる。うれしいですね。

ところで今回カバーに「スパルタカス 愛のテーマ」を選んだ理由はなんでしょうか?

この曲はさまざまな人が演奏していて、ビル・エヴァンスをはじめジャズ的なアプローチでカバーされることが多くそれぞれ素晴らしいと思うんですけど、果たして原曲ってどうなんだろうと思い、キューブリックの映画『スパルタカス』を見直したんですよ。そしたらもう全編に渡ってひたすらあのテーマ曲が流れているの。いろんなパターンで手を替え品を替え。よく聴くと、形のおぼろげな、響きのおぼろけな不明瞭なオーケストレーションが多い。とても不可解な響きなんです。

こういう曲を、ジャズ的アプローチでなく室内楽的なアプローチで再構築したら、新しい切り口を提示できるのではないかと思ったんです。今回の編曲で、曲の途中が不思議な和音で終わっていたりするところは元の映画のオーケストレーションにインスパイアされています。

***

何度かジャズ的なアプローチを室内楽的アプローチにするというフレーズが出ましたが、『エテパルマ』には軽やかなジャズ的なアプローチがあったような気がしていて、今回はしっとりとした室内楽になっていると思うんです。いまの中島さんの中にそういう室内楽をつくりたいという気持ちが高まってきているんですか?

それはあるのかもしれないですね。ただ意識的にそうしているわけではなく、自然にそうなっているんです。

4月末に行われたフクモリでのリリースライブは、アルバムとかなり違ってジャズ的なアレンジがされていましたね。

そうそう。あの日演奏した「追憶のワルツ」とか「エスペピスモ〜蜃気楼〜」は、アルバムとはぜんぜん違う跳ねた感じのアレンジでしたね。あのときはコンパクトな編成(ピアノ、ギター、バンドネオン、コントラバス、オーボエ)で、弦楽三重奏抜きだったのでレスポンスのいい小気味良い編曲にしたんですよ。

今回のアルバムのようなしっとりとした室内楽も、跳ねるような小気味のいいジャズ的な音もどちらも「SOTTO」の中に存在しているものなんです。6月3日のリリース日以降、秋にかけてこれから全国にツアーで回りますが、その会場ごとに編成が違うので、そのときどきアレンジを変えていきます。アルバムの音もコンサートの音も両方楽しんでもらえたらいいと思っています。

Photo by Takeshi Yoshimura
Photo by Takeshi Yoshimura

インタビュー中に、いまつくりたかった「ザ・室内楽」ができたと語ってくれた中島さん。一枚のアルバムをつくることは、偶然と運命に翻弄されながら長く曲がりくねった道を行く旅のようですね。『メランコリア』制作のときの当初タイトルになる予定であったドビュッシーのカバー曲を最終的に外すことになりアルバム名も白紙になったというはらはらするドキュメントがありました。今回も不思議な力に導かれて、中島さんはグリフィスの映画を観たような気がします。その不思議な繫がりのことを考えながらジャケットを見ていると、中島さんの表情がリリアン・ギッシュの儚い表情とだぶって見えます。不可解な響きとミステリアスな印象を纏った中島さんのいまを凝縮したこのアルバムは、そのジャケットの印象の通り『散りゆく花』を巡る物語のサウンドトラックなのかもしれません。

中島ノブユキ『散りゆく花』
2015年6月3日発売 2,778円(税別)
レーベル:SOTTO

【Track Listing】
01 エレメント・オブ・ディスタンツァ
02 追憶のワルツ
03 スプリング・ナーヴァス
04 散りゆく花
05 木洩れ日
06 スパルタカス 愛のテーマ 
07 ディスタンツァ

エスペヒスモ ~蜃気楼~
08・レント
09・エレガンテ・コン・モート
10・カルマンド

11 フーガ ニ短調  
12 その一歩を踏み出す 
13 ラスト・トレイン・ホーム 

All songs written by Nobuyuki Nakajima
(except track 06,13)
track 06:written by Alex North,
track 13:written by Pat Metheny

Nobuyuki Nakajima (piano, arrangement)
Satoshi Kitamura (bandoneon)
Kazuma Fujimoto (guitar)
Miyako Seki (oboe)

Aska Strings:
Aska Kaneko (violin)
Yuko Aiso (violin)
Keiko Shiga (viola)
Jun Nakamura (cello)
Shinji Tanaka (contrabass)

Recorded and Mixed by Taiji Okuda
Assisted by Takuya Komiyama (ONKIO HAUS)

Recorded at ONKIO HAUS
Edited & Mixed at Studio MSR+
Mastered by Kentaro Kimura (Kimken studio)
Piano technician:Makoto Kano (ALT.NEU.Artistservice)

中島ノブユキ 『散りゆく花』 コンサートツアー”blossoms”
6/14 sun. 札幌公演 PROVO 
6/21 sun. 仙台公演 JAZZ ME BLUES noLa(ノーバルサロン)
7/11 sat. 神戸公演 旧グッゲンハイム邸
7/12 sun. 米子公演 ゆう&えんQホール
7/25 sat. 名古屋公演 5/R Hall
7/26 sun. 姫路公演 圓山記念日本工藝美術館
10/18 sun. 東京公演 求道会館
10/27 tue. 岡山公演 岡山県立美術館