Cocco×塚本晋也の映画愛が
生み出した最新作『KOTOKO』。

(2012.04.02)

塚本晋也監督の最新作は
Cocco主演、ヒューマンな女性映画。

映画『鉄男』(’89)の衝撃で、世にその名を知らしめた映画監督・塚本晋也。日本での公開当時、この作品を観て驚かない者はいなかったでしょう。

文字どおり、体が変化して鉄の男に変身していく。

そうなりたいと望んでいない男が狼男にされたり、フランケンシュタインにされたり。その恐怖は、怪物が恐いということはもちろんですが、観ている自分もそんな体になったらどうしようという恐怖心を煽ってやみませんでした。

その種のファンタジックな恐怖映画の起源は古く、グロテスクな変身フリークスものが斬新とは言えないのですが、しかし「鉄」の化け物に変容するとは。折しもサイバーパンク・ムーブメント華やかりしき頃。人体が機械化する、人間が巨大なシステムに取り込まれる恐怖、反発を描く作品群の金字塔としてあまねく知られるところとなりました。

さらには、音楽以外の監督・脚本・美術・照明・特撮・編集のすべてを塚本晋也自身が手掛けているという、この、映画愛にも深く惹きつけられたものでした。

人が真似できない才能、お金を使わなくても光るセンス、そして何よりの映画への愛と三拍子揃う監督は、いそうでいて、そうは、いないものです。

作りたいテーマがあれば、思ったように自由に作っていいのが映画なのだと言う作品を、躊躇なく完成させた塚本監督には、眩しいものを感じずにはおれません。

日本映画界において「異色の存在」と言うような凡庸な表現が許されない、映像作家の誕生でした。

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『鉄男』の衝撃は、すぐさま世界に波及し、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得。その後『鉄男II BODY HAMMER』(’93)、『鉄男 THE BULLET MAN』(’10)と進化して、世界中の映画フリークたちを熱狂させています。塚本監督から影響を受けているという海外の映画監督も数多く、あの『ブラック・スワン』(’10)のダーレン・アロノフスキー監督は、塚本監督の『東京フィスト』(’95)を見て、映画監督になると決めたそうです。

現実には起こり得ない闇の部分が映像表現されると、観客から「ホラー」だと言われることもあるかもしれません。しかし、筆者としては、そういう闇の部分があってこそ真の人間。そこに目を向けたヒューマニズム、人間そのものを描いているのが彼らの作品なのだと思えるのです。

特に最新作『KOTOKO』は、カリスマ的シンガーソングライターのCoccoが主演。これこそ、ヒューマンな女性映画としての傑作と注目しました。

また、塚本映画は自作自演がひとつの特徴。監督は学生の頃から映画と演劇の両方で、才能を磨いて来たキャリアの持ち主です。作品中では常に“ダークサイドからの使者”を演じることが得意ですが、今回作品では、どこまでも優しい、“愛のメッセンジャー”として出演。その変化の心境を、思わずうかがいたくなり、クリエイターズ・インタビューしました。

恐ろしい映像づくりの天才、塚本監督、実際は、恐い人なのか、やさしい人なのか?……。


かつてはサイバーパンクの申し子といわれた塚本晋也監督。ここ数年のテーマは「自然」へ向かう。『KOTOKO』はCocco×塚本晋也で捉えた「母」の映画。
■塚本晋也プロフィール

(つかもと・しんや)映画監督、俳優。1960年、東京生まれ。幼少の頃から映画製作をはじめる。日本大学芸術学部美術学科卒業後、CF制作会社に勤務。『海獣シアター』創立、オリジナル戯曲『電柱小僧の冒険』上演。のちに映画化。『鉄男』(’89)はサイバーパンク映画として全世界で熱狂的な支持を得て、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得。『東京フィスト』(’95)『六月の蛇』(’02)『ヴィタール』(’04)など世界で高く評価される作品を発表し続けている。’97年、’06年のヴェネチア国際映画祭では審査委員を務めた。俳優としては大谷健太郎監督『とらばいゆ』などで’02年毎日映画コンクール助演男優賞受賞。NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』でコシノ三姉妹を見出す原口先生役は記憶に新しい。一児の父。
塚本晋也オフィシャルホームページ

4/7(土)〜『KOTOKO』が上映されるテアトル新宿にて、塚本晋也監督。 ©2012 by Peter Brune
ヴェネチア映画祭に熱狂的に愛される監督。

-塚本監督のこれまで作品はどれも海外、特にイタリアで高い評価を得られています。この最新作『KOTOKO』もヴェネチア映画祭のオリゾンティ部門でグランプリを獲得しています。

塚本 カンヌ映画祭、ベルリン映画祭には呼ばれたことがないんですが、何かとイタリアとの縁があります。ヴェネチア映画祭(第54回/’97年)で北野武さんが『HANA-BI』で金獅子賞を受賞した時には審査委員もさせてもらいました。

-ほとんどの作品が国際的な映画祭に招かれ評価されていますが、中でも、ヴェネチア映画祭では『バレット・バレエ』(’98)、『双生児』(’99)、『六月の蛇』(’02)、『ヴィタール』(’04)、『鉄男 THE BULLET MAN』(’09)と出品されていて、ヴェネチア映画祭から熱狂的に愛されている存在、という印象です。

塚本 イタリアでは、他に『鉄男』がローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリをいただいたのに始まり、『六月の蛇』もベネチア映画祭ですばらしい賞をいただきました。さらに光栄なことに、2003年には5大都市をまわるレトロスペクティブツアーも開催していただき、今年も、レトロスペクティブとして回顧上映していただきました。

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ー2003年のレトロスペクティブでは古典部門とされた黒澤明監督と双璧を成すほどだったとか。

また今年3月のレッジョ・エミリア アジア映画祭では、日本人監督としては初の回顧上映が行われ、功労賞も受賞されました。そのオープニングを飾ったのが、今回の『KOTOKO』でした。

我が子を愛し育てていくうちに、その愛が深すぎて、育てることのプレッシャーに押しつぶされていく母となった女性 KOTOKO をCoccoさんが演じています。入魂の演技は、まるでKOTOKOが乗り移ったかのようです。彼女もまた、この作品によって、女優という新境地を開くことに成功しました。

Coccoさんを主役に映画を作るという想いはいつ頃からあったのでしょうか?

塚本 Coccoさんとは、『ヴィタール』(’04)の時にエンディングテーマソングを提供してもらってからのご縁です。当時、Coccoさんは活動を休んでいた時期。『ヴィタール』ではCoccoさんを強く意識したキャラクターを作りましたので、その脚本を読んでもらいたくて、沖縄まで脚本を送りました。すると、曲をプレゼントしてくれたんです。大感激。ギター1本で録音したその曲を正式にレコーディングしていただき、エンディング曲として使わせていただきました。そのころから映画に出てもらいたいと思っていました。

-Coccoさんの才能にもともと、注目していたのでしょうか。

塚本 思い出してみると、『バレット・バレエ』(’99)という作品には、Coccoさんを意識したような少女のキャラクターが出てくるんです。彼女がメジャー・デビューした頃に発表された『RAINING』(’98)には、驚かされ、惹かれるものがありました。僕の意識の中にはその頃から彼女のイメージがとりついていたのでしょう。


塚本監督はCoccoさんの大ファン。彼女を思い描いて書いた脚本をCoccoさんの休養する沖縄へ送ったことから関係が生まれ、この『KOTOKO』への製作へと繋がった。

Coccoからもらった数々のヒントをもとにして
ストーリーに。

-Coccoさんと塚本監督はお互いのカリスマ性が引きあわせた運命的なふたり、といえると思います。感じ合うものがあってこそ、Coccoさんは自らの歌を捧げることが出来たわけですよね。その後塚本監督は「機会があれば一緒に映画を作りたい」と思うようになったということですが、Coccoさんもまた、塚本監督に作品を依頼しています。Coccoさんは2010年、映像作家たちとの自主制作映像作品『Inspired movies』を製作しました。翌年震災が起きた時にはこの売り上げのすべてを義援金にしたとか。この時、塚本監督も作品を提供されています。それをきっかけに『KOTOKO』はいっきに現実化していったそうですね。

塚本 最初は、Coccoさんとホームビデオで撮ろうと思っていて、僕とCoccoさん二人だけで作ろうと思っていたんです、彼女だけに集中したプライベート・ムービーのようにしたかったから。でも、もう一方では、Coccoさんが出てくれるんだから、大きなスクリーンに映せるようちゃんとした映画にしたい、とも思ったので、最小限のスタッフに参加してもらいました。Coccoさんのパーソナリティに近づくため大きな撮影部隊は考えられなかったんですが、結果皆に負担をかけてしまい、Coccoさんの友人の方々にもたくさん手伝っていただき、申し訳ない気持ちとともに、感謝でいっぱいです。

Coccoさんにインタビューをしたり、文章をもらったりして、これをストーリーにするとこんなだろう、とか自分なりの気持ちを加えながらひとつの話にしていって、Coccoさんに見てもらう。違和感のあるところを直していき、彼女らしさを尊重して作っていきました。彼女からは「人生を注ぎました」というコメントをいただけました。Coccoさんの世界と自分が持つ戦争の予感というテーマや母への鎮魂が合体した作品です。

俳優としての塚本晋也にも注目。 

-学生時代から映画制作とともに演劇の活動もしていた塚本監督です。今回の作品の中では、子供を守ろうとするあまり、精神のバランスを崩してしまうKOTOKOを熱愛する男の役として出演もされています。毎回ご自身の演じたいことから作品のテーマを進めているのでは? 影の主役こそ、監督では? とも想像できるのですが。

塚本 今までは、そういうところもあったかも知れません。でも今回はCoccoさん演じる琴子に寄り添うことしか考えませんでした。

ー演技に目覚められたきっかけは?

小さい頃は、引っ込み思案でした。それが、学校劇でなぜか大事な役を演じることになりまして。その時の役回りは、裏にいる準主役といいますか、言ってみれば悪役です。主人公の学級委員を逆恨みして、イジイジしているような(笑)。それを演じた時、世の中がパーッと明るく見えた。空が真っ青に見えて。自分の中にあるひとつの面を、表現する喜びを感じたんでしょうね。

―これまでの作品では、恐くて暴力的な、「闇からの使者」の様な役どころを演じることが多いですが。

塚本 そういう役をやるのが好きでした、日常では出来ない、誰もが持っているダークサイドを発揮できるんですからね。(笑)

―いいですね。普段出来ないことだからこそ、映画の中で別人になれるというわけ。うらやましい限りです。

塚本 でも、今回は、Coccoさん主演の映画だから、最初は自分が出演する予定はまったくありませんでした。彼女の後押しで、出ることになりまして……。

―今回は優しい非暴力的な存在の男、田中を演じています。優しい人物を演じるのも心境の変化ですね。

塚本 でも、ただ優しいだけじゃないから……(笑)。


ひとりで幼い息子・大二郎を育てているKOTOKO。大二郎を守ろうとするあまり過敏になり、すり減って行く。そんな中、大二郎を遠く離れて住む姉の家に預ける。
0〜3歳くらいまでの間の子育ては、まるで祝祭、
もしくはカオス。

―優しさとは何か、愛とは何かを、身を持って明かして見せる作家の男です。生きている証に、自分で自分の熱い血を流しては、生きて行こうとするKOTOKOに対し、男は彼女に暴力を加えてもらい、熱い血潮を流して見せて、愛の証を見せつけようとする。そのへんの愛の交流は、塚本作品の神髄を極めたともいえそうです。

塚本 ありがたいお言葉です。

―母としては、あまりに繊細な存在の、KOTOKOです。映画を観る者に、必ずや、この主人公のKOTOKOは、実際のCoccoさんそのものではないだろうかと錯覚させるのですが……。

塚本 もともと、Coccoさんからもらった話が原盤になっていますからね。Coccoさんも琴子を全霊で演じてくれました。本物の女性として。

けれども、話はあくまで、作られたもの。フィクションです。実際に0~3歳くらいまでの間の子育ては、どの母親にとっても大変なものです。祝祭のようなお祭りの中にいる、とも言える。でも言い方を変えればカオスです、混沌の中にいる……。

子供が生まれてうれしい気持ちもあるし、お乳をあげる快感を感じつつも、ひとりに命をあずかっているという責任に耐えられくて孤独を感じたり、外敵からも守らなくてはならない。そんな時期のお母さんたちの当然の気持ちをこの映画では描いたつもりです。

母と別れ、子を授かったことで
変化したテーマ。
ー映画のエンディングを観るにつけ、やはり、母性とは強いもので、だからこそ、その愛が凶器になることもあり、すべての女性の中に眠る、強くて怖い、母性。それを深くえぐった傑作が、『KOTOKO』だと思います。女性が持つ「生命の神秘」のようなものをリアルに描いた作品といえるのではないでしょうか。まさに、この主演はCoccoさんでなくてはあり得なかったでしょう。

塚本 脚本はCoccoさんが琴子に違和感を感じなくなるまでやったので、Coccoさんも本物の母親として、またひとりの女性として表現してくれました。当然Coccoさんでなければ考えられませんでした。

ー塚本監督は、この作品に入る前に、長年続いたお母上の介護を終えたと聞きました。才能を育んでくれたであろうお母上との別れを体験し、母性というものを一度は描いてみたかったのでは?

塚本 母が体調を崩し始めた頃と同じくして僕自身子供を持ったり、大きな変化がありました。ちょうど映画『六月の蛇』の頃です。それまで「都市と人間」をテーマに映画を作ってきて、すでに描き切ったという感がありました。そんな時、母がどんどん弱くなっていきました、闇に戻っていくように。そして子供が生まれました、闇からポーンと新しい生命が出てきた。以前は目の前にあるもの、というとコンクリートやテクノロジーだったのが、大自然の営みといったものに変化しました。

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ー闇、自然、というのが『KOTOKO』を含めて近作のキーワードでしょうか?

塚本 僕は基本的に楽観的な人間。でも、映画の表現としては、ダークサイドをに興味が沸き立つ。映画の内容、映像そのものも、暗いところがない明るいところだけでは、成り立たない。

映画の「絵づくり」でいうならば、「レンブラント照明」みたいに一点からの光があって影がある、そういう「絵づくり」が好きです。明るいものを引き立たせるには、闇が必要です。これは常に意識しています。

僕が子供だった頃は、高度成長期とはいえ、家の中の照明器具は裸電球一発だけ、まわりに闇がたくさんありました。いうなれば、お化けが出てくるような可能性がたくさんあったということです。今ではお化けも住みにくくなって、水木しげる先生も悲しんでいることでしょう。これまでのテーマが”都市と人間”でしたので、自然の世界に興味を持ち始めていました。

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―ところで、塚本監督の影響を受ける映像作家たちが世界に広がる中、ご自身が影響を受け、今もなお愛してやまないという監督というと?

塚本 ずっと尊敬しているのは黒沢明監督です。黒沢監督は大巨匠なのでぼくなどが語れる方でありませんが、黒沢監督の実験精神が、どの作品にも生かされていて、その上でダイナミズムがある。僕もその精神は旺盛のつもりですが、作品が多くの観客に伝わりにくい(笑)。実験的なのにもかかわらず、ちゃんと多くの観客に伝わる作品に仕上げられる、そこが、黒澤監督の凄いところです。それからマーティン・スコセッシ監督。

ーなるほど、スコセッシ監督は自らを「映画監督以前に映画作家である」と、自負していました。黒澤監督も、スコセッシ監督も映画愛に満ち満ちた巨匠ですね。

考え、作り、撮り、演じる、という多面的で独創性溢れる塚本監督ですが、これからは、如何に? これから作りたい映画といったら?

塚本 ずーっとやりたいと考えているのが、戦争映画です。時代は第二次世界大戦中で、場所は、フィリピン。お金がたくさんかかりそうですけれど……。だからとりあえずはひとりでできるアニメなどを作ってみたいとも思っています。


塚本監督演じる作家の男、田中はKOTOKOに愛を捧げる。恐怖の記憶から田中を痛めつけるKOTOKOにも「大丈夫です、大丈夫です。」と繰り返し、彼女を抱きしめるが……。
■■■インタビューを終えて

「変容」していない時の塚本監督は、いたって優しく、静かで、ていねいに何でも語ってくださる人でありました。

だからこそ、映画となれば、ああも恐いものが作れ、恐しくて妖しい演技を見せ、あそこまでのエネルギーを全開出来るのだと、このインタビューで見つけたり……!

日本が世界に誇れる映画作家、塚本晋也を未だ味わっていない方は、この新作『KOTOKO』から、始めましょう。

そして、この映画は、塚本+(プラス)Coccoではなく、塚本×(かける)Coccoですからね、激しさ濃厚、覚悟して。


インタビュー終了間際の会話。「塚本監督は、俳優としては、なんというかゲーリー・オールドマン的な持ち味ですよね?」「大好きな俳優ですけど、『ダークナイト』では普通のおじさんになっててドギモを抜かれましたよ。」
©2012 by Peter Brune
『KOTOKO』

2012年4月7日(土)よりテアトル新宿、シネリーブル梅田、名古屋シネマスコーレ、福岡KBCシネマ1・2 他全国公開

監督:塚本晋也
企画:Cocco/塚本晋也
製作:塚本晋也/海獣シアター
原案:Cocco
脚本:塚本晋也
音楽:Cocco
美術:Cocco
出演:Cocco、塚本晋也ほか
配給:マコトヤ
2011年/日本/91分/PG12