生きることの矛盾と葛藤を描く。
映画『BIUTIFUL』

(2011.06.27)

スペインの裏社会で必死に生きようとした男の末路。

『バベル』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が、『ノーカントリー』の怪優ハビエル・バルデムを主演に迎えて描いたのは、スペインの裏社会で必死に生きようとした、ある男の壮絶な末路。監督お得意の、同時進行で複数のエピソードが交錯する群像劇スタイルは封印し、自身の原点に向き合うようにじっくりと腰を据え、生と死を正面からあぶり出している。

太陽が照り付ける大都市バルセロナの片隅で、貧困のあまり、なし崩し的に犯罪に手を染め、闇の世界に生きる人々。ドラッグ中毒の妻と別れ、アジアやアフリカ系の不法滞在者から搾取した金で生計を立て、二人の子どもを育てる主人公ウスバルに、ある日突然病魔が襲い掛かる。医師から「末期の前立腺癌」との宣告を受け余命2ヶ月と知ったウスバルは、残されたわずかな時間の中で、子どもたちの行く末を案じ、「生きること」から派生する矛盾と葛藤する日々を送ることになる。

 ウスバルには浮かばれない死者の魂と交信できる不思議な力が備わっている。そんなウスバルでさえ自身のこととなると、「子どもたちを残しては死ねない」と抗い、「死を受け入れ」られず「愚かしく生にしがみつく」。「天地万物が彼らを育むのよ」という慰めの言葉にも、「天地万物は家賃を払わない」と耳を傾けようとしない。

誰もが心の中に併せ持つ、やさしさとエゴイズム。

迫り来る死の恐怖と闘いながら、それでも生きようともがくウスバルが何より大事にしたのは、利発なまなざしを持つ娘アナとまだ幼い息子マテオ、そして不安定な危うさを漂わせる元妻マランブラと共に、家族そろって食卓を囲むこと。そんな何気ない日常の光景が、もう長くは続かないことを知るのはウスバルただ一人だが、彼は幸せだった日々を取り戻したかのような錯覚を味わう。

そんな矢先、工場で働く中国人労働者が少しでも寒さを凌げるようにとウスバルが用意した暖房器具が、取り返しのつかない悲劇を招く。子どもにお金を残してやりたいがために、粗悪品だと知りながらも安物を与えたことが発端だった。やさしさとエゴイズムは決して相反するものではなく、誰しもが心の中に併せ持つもの。だからこそ、慟哭するウスバルの姿は、無念さを増幅させながら観る者へと迫りくる。

人は誰かの父親である前に、誰かの息子である。

『アモーレス・ぺロス』から『21グラム』『バベル』に引き続き、本作でも音楽を担当したグスターボ・サンタオラヤが紡ぎだす旋律が、同じく4作品の撮影監督を務めてきたロドリゴ・プリエトが捉える、車窓に流れ込む木漏れ日や親を気遣う無垢な子どもの瞳に儚く美しい光の粒を生み落とし、全編に漂う重たい空気の中で、つかのまの救いをもたらす。


イニャリトゥ監督が19歳の頃に観て衝撃を受けたという、黒澤明監督の『生きる』へのオマージュでもある映画『BIUTIFUL』は、命の期限を知り、懸命に父親としての役割を全うしようと努めるウスバルとそれに応える子どもたちの物語であると同時に、ウスバルが幼い頃に、当時のフランコ政権の圧政から海外に逃亡し、生き別れとなったウスバルの父親との関係性が重要な伏線となっている。そして、イニャリトゥ監督はこの映画を自身の父親に捧げている。

写真でしか知らない父親の姿を、ずっと追い求めたウスバルが見つめる光の先へと思いを馳せながら、「人は誰かの父親である前に、誰かの息子である」という事実を目の当たりにし、しばし言葉を失うのだ。

 

『BIUTIFUL ビューティフル』

2011年6月25日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

©2009 MENAGE ATROZ S. de R.L. de C.V., MOD PRODUCCIONES, S.L. and IKIRU FILMS S.L.

原題:Biutiful / 148分 / スペイン・メキシコ合作 / スペイン語 / ビスタサイズ / PG-12
出演:ハビエル・バルデム、マリセル・アルバレス、エドゥアルド・フェルナンデス
監督・脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ